ようこそのお運びで、厚く御礼申し上げます。
おかげさまで3回目です。
過去二回、ちっとも「銀座の片隅」ちゃうやんけ、
という一部の抗議を伺いまして、反省いたしました。
今月は、「銀座」について考えます。
知っているようで知らない「銀座」のことを調べてみました。
銀座は、江戸時代に西を江戸城外堀、北を京橋川、南を汐留川、
東を三十軒掘川に囲まれていた場所で、
現在は、その川が高速道路に替わったため、
高速に囲まれています。
一番北側は京橋との境、西側は銀座コリドー街の上を、南は新橋との境、
銀座9(ナイン)の上で、
東京高速道路が、首都高速道路都心環状線の汐留JCTと京橋JCTとの間を、
銀座の街を取り囲むように走っています。
この東京高速道路は、首都高より先にできた一般自動車道で、
高架下の店舗の賃貸収入で成り立っているため、
この区間は自動車専用道路でありながら「無料」です。
でもお金を払っている感じがするのは、
首都高につながっているためで、
出入りには乗り継ぎ券が配られ、料金所で渡すんだそうです。
地上では、北から南へ1丁目から8丁目まで真ん中を貫くのが、
中央通り(銀座通り)。
江戸時代からある東海道の名残で、日本橋から品川に向かう、
日本の中心街の役割を果たして来た道です。
この中央通りと直行する晴海通りの北側が1〜4丁目、
南側が5〜8丁目で、西は東京高速道路下から、
東は、首都高都心環状線まで。
昭和通りも新橋から宝町に向かってアンダーパスがあるので、
なんとなく、そこで銀座が途切れているように思うんですが、
もう一本海側の首都高までが銀座。
駅名では東銀座があるので、町名も東銀座というのかなと思いますが、
首都高を越えると「築地」です。
東銀座、西銀座という言い方が駅名や建物に残っていますが、
これは1930年から68年まであった
銀座西(今の西五番街あたりから西側)と、
1951年に木挽町が銀座東と改称された名残です。
1968年10月1日に銀座西、1969年4月1日に銀座東が
銀座に編入されて今の区域になりました。
私が主に仕事をしている事務所は、銀座と言っても
昭和通りを築地側に渡った、この「木挽町」だった場所にあります。
昔の三十軒掘から築地川の間が、木挽町でして、
いいですよね昔の町名は風情があって。
今でも、昔ながらの料亭が軒を連ねる、
と言いたいところなんですが、料亭もビルになっちゃっているものが多く、
往時の風情は見るべくも無いんです。
ちなみに、ご近所の新橋演舞場は、今でこそタッキー(滝沢秀明)や
新派などが、松竹の舞台をやる場所ですが、
元々は、新橋の芸者さんの踊りの発表場。
京都の歌舞練場のようなものです。
今でも、新橋には芸者さんがいて、料亭に出勤されているとの事。
銀座といえば、特徴的なのは正確なグリッド型の街区で、
丁目によってはっきりとした個性があることでしょうか。
このグリッドは、1612年の江戸街区の設計から、
大きくは変わっていないようです。
変わっていないといえば、中央通沿いでは、
以前は建物の高さがそろっていてきれいだったんですが、
それだと商売に差し支えもあるからと、
区と旦那衆が協議して1998年に「銀座ルール」を制定。
道路幅に応じて高さ13〜56mにまで制限し、
容積率も基準を800%、最大でも1100%とし、
開発に大幅な制限をしたんですね。
ところが、松坂屋が高層化を発表したり、
三井が銀座八丁目に121mの銀座三井ビルディングを立てたりと、
地元じゃない企業の横暴が目立ち始めたので、
2004年に地元の旦那衆は、一番の地元出身の旦那である
資生堂名誉会長の福原義春を代表とする「銀座街づくり会議」を発足。
「銀座ルール」の見直しがされ、2006年に施行された新ルールでは、
昭和通りより西の銀座中心部では一切の例外を禁止して建物の高さを56mに抑え、今まで規定のなかった屋上広告についても
最大で10mまでとしたんだそうです。
銀座の特徴は、地元商店の旦那衆が強いことなんです。
江戸時代から続くような専門店があり、
地元に住んでいる人が多いので、開発も無茶ができない。
その象徴が、和光であり、アンパンで有名な木村屋であり、
資生堂になるのでしょう。
風月堂もビルの上にはご家族がお住まいですし。
今は、過渡期で、中央通沿いもビルの高さがまちまちで、
外資系のブランドを中心に看板や広告も目立ちます。
それにしても、今世界で最もファッションブランドの
巨大店が集まっているのが銀座なんじゃないでしょうか。
本国よりも売り上げが上という店も多いそうです。
ここ数年は特にビルごとブランドショップになるものも多く、
さらに、こんなブランドが、というような店が並木通りや
松屋通りに散見されます。
銀座といえば、四丁目交差点の和光の時計が有名ですけど、
今、和光は耐震工事の為に改装中です。
並木通りに新店を出しましたのでお買い物はそちらで。
旧店では、前で待ち合わせはできますが、中には入れません
なんか、1932(昭和7)年竣工時のデザインに戻すらしいです。
装飾がより派手になるようで楽しみですね。
私は、新橋から歩いて事務所に通っているんですが、
一番変わったと思われるのが、この界隈に中国人観光客が多いことですね。
8丁目の天国(てんくに、という天婦羅やさん)前から7丁目にかけて
朝と夕方は中央通りに観光バスが列を成しています。
彼らは、中国では買わないブランド品を大量に買っているそうで、
ブランド名入りの袋を両腕にぶら下げてバスに帰ってきます。
香港で同じ姿の日本人を見ますが、それは置いておいて。
じゃ、なぜ中国で買わずに日本で買うのかというと、
日本で買うほうがステータスで、商品が模造品で無い証明になるのだとか。
彼らもわかっているんですね。
すでに銀座は、日本だけではなく、アジアの商業の中心でもあるようです。
本当に歩いて楽しい銀座界隈。
銀座を歩くことを「銀ブラ」といいますが、
カフェーパウリスタという日本のコーヒー店の先駆けの店では、
「あなたは本日、銀ブラ(銀座通りをカフェーパウリスタに
ブラジルコーヒーを飲みにいくこと)を楽しんだ事を証明します」という、銀ブラ証明書というスタンプカードを発行しているらしいです。
本当かどうか確認しにいらっしゃいませんか?
2008 - 05 - 16 - fri
|